調和と変革
『わたなれ』原作第5巻を読む その1
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『わたなれ』原作第5巻を読む その1

『わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)』第5巻「プロローグ」が宣言したこと、琴紗月と甘織れな子の対立、第2シーズンの問い
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シリーズ:『わたなれ』を読む

  1. 1.『わたなれ』で反復される「赦し」について
  2. 2.『わたなれ』が批判する「普通」について
  3. 3.『わたなれ』原作第5巻を読む その1

※これは『わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)』第5巻の理解のため、本文をどのように読むことが可能かを整理した記事になります。対象は第5巻ですが、その理解のため、第1巻〜第8巻の内容も参照します。また、過去の私のわたなれ記事の解釈を前提にしています。一つ目の記事はアニメ版の読解であり、原作に言及した記事ではありませんが、第1巻終盤の一部を除けば原作も同様の構造となっておりますので、原作の読解を目指した本記事でも記事中の解釈を基本的に採用します。なお、一つ目の記事の解釈が原作で成立しない箇所とその解釈は記事の脚注に記載しています。

Table of Contents

第1シーズンと第2シーズンの「プロローグ」の対称性

『わたなれ』は第4巻までを第1シーズンとし、第5巻以降を第2シーズンと銘打っています。この第2シーズンがどのように始まったのか、はじめに何を宣言しているのかを、第1巻の序盤および終盤と比較しつつ読んでいきます。

第1シーズンは、甘織れな子が未来に起こりうる王塚真唯の失敗を赦し寄り添うことを宣言して始まりました。この甘織れな子の赦しは、第3巻で瀬名紫陽花に対しても行われ、それらは二人のヒロインが恋を自覚するきっかけになったと語られます。ラブコメという、恋愛を主題にし、且つそれを概ね肯定的に表現するジャンルの作品で、恋のきっかけを同じ機序にしていることと、作品の冒頭という最も大事なシーンでそれが行われたことから、甘織れな子の赦しは、本作において重要な行動であり肯定されるべきものとして表現されていることになります。主観を交えた表現が許されるなら、甘織れな子の赦し(他者に対する存在の全面的承認、具体的には因果関係の解体による自罰的行為の阻止)は、本作における最も善い行動として扱われている、と私は理解しています。

第2シーズンは、第1シーズンとは正反対に、本作が悪として語った行動を甘織れな子が意図せずとってしまうシーンから始まります。

第5巻「プロローグ」で、甘織れな子は第4巻ラストで行われた琴紗月の告白を断り、キスを拒絶します。

「だって、わたしにはもう、恋人が……その、いますし……」
 顔をそらしつつ答える。口に出すと、現実という名の弾丸が胸に撃ち込まれるので、わたしもダメージを受けるのだ。
 紗月さんは一拍おいてから、さらに尋ねてくる。
「それで?」
 いや……いやいやいや!
「だめでしょ!?」
「別に今さら、ひとりやふたり増えたところで」
「そ、そういう言い方は!」

みかみてれん; 竹嶋えく. わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?) 5 (ダッシュエックス文庫DIGITAL) (pp. 10-11). 集英社. Kindle Edition.

「わ、わたしは、ひとりとか、ふたりとか、そういう気持ちで付き合おうとしたわけじゃなくて……。ちゃんと考えて、考えて、それで決めたことだから、数字で言われるの、なんかもにょるから……」

みかみてれん; 竹嶋えく. わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?) 5 (ダッシュエックス文庫DIGITAL) (p. 11). 集英社. Kindle Edition.

「っ! どうせまた真唯に嫌がらせするために、わたしを利用しようとしてるんですね! 紗月さんって、わたしのことなんだと思ってるんですか!?」
「…………」
 そう叫んでも、紗月さんはまるで動揺せず。
 どころか、ゆっくりとわたしに顔を近づけてくる始末。
「ちょ、ま」
 この流れは、危ない。
 透き通る肌と、雪原に咲いた小さな花のような唇が目に入ってきて。
 わたしは――。
「だ、だめですよ!」
 わたしはちゃんと、紗月さんの胸を突き飛ばした。
 力の加減ができなくて、ドンって勢いで押しちゃったんだけど、紗月さんは少し後ずさりしただけで、ぜんぜん体勢を崩したりはしなかった。強い。
 ちょっとだけ、ほっとする。いやいや、してる場合じゃない。
「だ、だめですから……紗月さん、それは……」
 ドキドキする。今の流れは、拒まなければキスされていたんだろうか。
 いや、紗月さんだってさすがに、恋人ができたばかりのわたしに……という気持ちと、紗月さんならやりかねん、という気持ちが同時に存在する。シュレーディンガーのキスだ。
「……そう」
 自分の下唇を指でなぞる紗月さんは、ずっとなにを考えてるのかわからない無表情。

みかみてれん; 竹嶋えく. わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?) 5 (ダッシュエックス文庫DIGITAL) (pp. 12-13). 集英社. Kindle Edition.

甘織れな子の言動の理由を確認します。

琴紗月の「便乗としか言いようのないタイミング」での告白と、それを正当化するための言葉(「ひとりやふたり増えたところで」)は、甘織れな子の決断を軽んじたものであり、甘織れな子を憤らせる(「もにょる」)ものでした。そして、甘織れな子は既に王塚真唯および瀬名紫陽花と恋人関係(性的接触を許容し合う関係)にあり、そうではない琴紗月とキスすることは二人に対して不義理にあたると考えています。甘織れな子の言動は、プライドと義理を琴紗月よりも優先する、ということの表明です。

甘織れな子が琴紗月を突き飛ばす直前の地の文では、琴紗月の顔だちが魅力的であることが甘織れな子の目線で語られます。琴紗月のキスを拒絶する前にこれを説明することは、甘織れな子は琴紗月が魅力的でないから告白を断ったわけではなく、甘織れな子がプライドと義理のために琴紗月のアプローチを断ったことを強調します。

次に、甘織れな子の言動が琴紗月にどのように作用したのかを確認します。

琴紗月はなぜキスするかのように顔を近づけたのでしょうか。これは文章の流れから「わたしのことなんだと思ってるんですか!?」と質問されたことに対する返答と考えて良いでしょう。第4巻の告白と同様に、恋愛感情として甘織れな子を愛しているのだと客観的に分かる形で表現したのです。(ただし、これは表現内容が本心と一致していることを必ずしも意味しません。)

琴紗月が突き飛ばされたあとの返事に間があることは、甘織れな子の行動に動揺していることの表現です。「自分の下唇を指でなぞる」動きからは、唇を何らかの手段で刺激することを期待していたこと、すなわち琴紗月はやはり(甘織れな子が推測した通り)甘織れな子にキスしようとしていたことが窺われます。突き飛ばされた直後の琴紗月が「無表情」であることはその後の「微笑」みと比較するべき表現です。甘織れな子が琴紗月を突き飛ばした時点では二人は向かい合っており、甘織れな子が見たのは、甘織れな子の行動(「突き飛ば」し)を受けた直後の、取り繕う暇のない琴紗月の率直な反応です。もし、甘織れな子が言うように琴紗月の行動がからかうための「いつもの冗談」であれば、甘織れな子が動揺した素振りを見せた時点で琴紗月はこれまでのように笑うはずです。「無表情」であることは、琴紗月は甘織れな子をからかって告白したわけでもなければキスするために顔を近づけたわけでもないことと、甘織れな子の行動が予想外であったことを表現しています。

琴紗月が動揺した理由は、王塚真唯や過去の自分が許されていた甘織れな子への肉体的接触が、自身が体験したことも見聞きしたこともない力強い形で否定されたことにあると思われます。

甘織れな子の言動は、琴紗月に、かつて(契約)交際していた時には一度も拒否されることのなかったキスが今回は腕力に訴える形で明確に拒絶されたこと、甘織れな子との関係に「恋人」という言葉が使われていないことで扱いが決定的に変わったことを認識させます。あるいは、琴紗月は第1巻において王塚真唯が甘織れな子にしたことを「全部」聞かされていますから、かつて王塚真唯に強引に性行為を迫られた時に甘織れな子は力を込めて抵抗しなかったことと、自身はキスしようと顔を近づけた時に「突き飛ば」されたことを比較したかもしれません。少なくとも、本作を読む私たちは、これらのシーンと比較することで、今回の甘織れな子の行動が第1シーズンでは見られなかった、第2シーズン以降に特有のものであることに注目して読むことになります。

「わ、わたし、これからも、紗月さんと、友達でいたい!」
 耳から聞くわたしの声は、少し震えていた。
 だって、せっかく友達になれたのに。
「だから、これ、いつもの冗談だよね……?」
 ごくりと生唾を飲み込んで、まるですがるように、問いかける。
「紗月さんは」
 最悪を想像したわたしは、言葉を選んでいる余裕がなくて。
 ストレートに、願いだけを、求めた。

「紗月さんは、わたしのこと、好きになったりしないよね?」

 紗月さんが、ゆっくり振り返る。
 その顔は、ほのかに、微笑んでいた。
「当たり前でしょう」
 そう言ってくれた紗月さんに。
「いくらなんでもうぬぼれすぎよ。あまり図に乗らないように、甘織」
 わたしは――膝から力が抜けそうになるぐらい、安堵した。

みかみてれん; 竹嶋えく. わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?) 5 (ダッシュエックス文庫DIGITAL) (pp. 14-15). 集英社. Kindle Edition.

甘織れな子は突然去って行く琴紗月の雰囲気に漠然とした焦燥感を覚え、思わず「言葉を選」ばない剥き出しの「願い」を琴紗月にぶつけます。

甘織れな子の「願い」とは、琴紗月との友人関係を維持することです。これは第1巻冒頭で王塚真唯の告白を断ったこととよく似ていますが、理由は異なります。王塚真唯に対して恋人関係を拒否した理由は、自分に自信がないために、他者と深く関わることで「嫌われたくない」、「普通」でありたいということでした。琴紗月の告白を断った理由は、自身の「『普通』じゃない」決断を大事にしたい、曲げたくない、という点にあります。すなわち、王塚真唯に対しては、「自分がない」状態だったからこそ告白を断り、琴紗月に対しては、自分を持っているからこそ告白を断っています。この理由の違いは、甘織れな子の成長(「前よりちょっとだけ。自分のことが、好きになれ」たこと)として読むことができます。

「わたしのこと、好きになったりしないよね?」という台詞は、かつて王塚真唯が琴紗月に放った「だって君、私のことが好きだろう?」という台詞と同じ作用を持ちます。どちらも、内心を言語化し表明することを求める失礼な言葉です。そして、琴紗月の内心とは関係なく、琴紗月から質問者を恋愛対象として見ることを表明する可能性を摘み取ります。

甘織れな子も王塚真唯も、琴紗月を傷つける意図はないのですが、琴紗月のことは「好きでもなんでもない」のだと表現(ただしこの表現は内心と一致することを意味しません)し、琴紗月を傷つけます。第2巻において、琴紗月は自身を傷つけた王塚真唯への復讐を企み、その行為は甘織れな子に承認され(「共犯者ともだち」)、復讐が達成されることは琴紗月と王塚真唯が仲直りする必要条件として肯定的に語られます。すなわち、第1巻の王塚真唯の言葉は悪であると明確に語られています。第1シーズンにおいて非難された王塚真唯の言動を、甘織れな子が反復するシーンから第2シーズンは始まります。これは甘織れな子の善行から始まった第1シーズンとは正反対の構図になります。

「言葉を選」ばないという表現は、甘織れな子の発言が琴紗月への配慮を欠いたものであることを示しています。「ゆっくり振り返る」とは、琴紗月が甘織れな子に示す表情と言葉を選ぶために時間を使ったことの表現です。琴紗月の「微笑」みと言葉は、甘織れな子からこれ以上反応を引き出さないための、自身がこれ以上傷つけられないための、演技です。琴紗月の意図した通り、甘織れな子はそれが演技であることに気付きません。それは地の文の「安堵した」という表現から分かります。

まとめると、第5巻プロローグの初めのシーンでは、甘織れな子が意図せず琴紗月を傷つけ、そのことに最後まで気が付かなかったということが語られました。

一方で、第5巻終盤では、甘織れな子が意図して、それが悪と解釈され得ることを自覚しながら、特定の他者を否定する(「選ばない」)ことが重要な決断として語られます。第5巻における物語(登場人物の変化)の一つは、甘織れな子が自身の行動が悪(ここでは人を傷つけること)だと自覚してもなお行動することを決断することにあります。第5巻プロローグの最初のシーンは、甘織れな子が自身の言動の影響を考えないまま琴紗月を傷つけるシーンから、逆説的に、自身の行動の悪を自覚することが第2シーズンにおける主要なテーマであることを宣言しています。

ここで、甘織れな子の質問に言葉で答えない琴紗月と、琴紗月に対して内心の言語化を要求した甘織れな子、という対立関係が現れます。甘織れな子の思想的な立ち位置は次のシーンで説明されますので、次のシーンを読んだ後で改めてふたつの陣営の対立関係について確認します。

第1シーズンの果実と課題

プロローグの二つ目のシーンでは、恋人となった三者がランチをしながら自分たちの交際の在り方について話し合います。ここでは、本作がこれまでも語ってきた、人間関係において何を重要視するべきかが改めて示されます。

第4巻において、甘織れな子は三人で交際することにより一定の困難が生じることを認識しており、その対策に「がんばる」ことを宣言しました。そして、「言葉をウソにしない」ため、二人の恋人に「恋人事業計画書」を提出します。計画書内の評価シートを恋人たちに使ってもらい、客観的な評価を受けることで自身の宣言の証明を試みます。しかしながら、この試みは二人に否定されます。

「私も真唯ちゃんも、相手がれなちゃんだから、告白したんだよ。付き合ってほしいって言ったんだよ」
 やばい。その前置きだけで、最終的にわたしはほだされてしまうんだろうってことがわかる。これは確実な未来予知……!
「だからね、いちばん大切なのは、れなちゃんがれなちゃんだってことなの。それだけでもう、百点満点……ううん、点数なんてつけられないよ」
「うう、わたしはわたしだけで百点満点……全肯定紫陽花サン……ウウ、ウウウ……」
 頭を押さえて悶えるわたし。
 おかしい。わたしの心が浄化されそうだ。ちゃんと光り輝く道を歩んでいるつもりだったのに、わたしはまた暗闇に向かっていたのか……?
 だいたい、人からの評価ですべてが決まっちゃうなんて嫌だって思ったのに、結局わたしはまた、真唯と紫陽花さんの評価に身を委ねようとしていた……。
 そんな、そんなつもりじゃなかったのに……!

みかみてれん; 竹嶋えく. わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?) 5 (ダッシュエックス文庫DIGITAL) (pp. 26-27). 集英社. Kindle Edition.

なぜ、「恋人事業計画書」は恋人たちに否定されたのでしょうか。

第4巻の甘織れな子の変化は、「人からの評価ですべてが決まっちゃうなんて嫌」だと判断したことでした。第4巻では「人」にあたるのは不特定多数の他者でしたが、「プロローグ」で、王塚真唯と瀬名紫陽花も他者であり、二人の評価を意思決定基準に置くことすら許されないことが示されます。甘織れな子の決断は自身を孤独に追い込みます。追い込まれた甘織れな子は第5巻で「がんばる」ことに固執していきます。

プロローグにおいて、甘織れな子は「がんばる」という思いだけは強く抱いていますが、行動は的外れです。そのことは指摘されつつも、恋人たちに甘やかされ(「たっぷりと慰めてもらっ」)たために反省する機会を失います。このシーンは、誤った努力が今後甘織れな子に不幸を呼び寄せることを予告しています。

「いろいろと自分ひとりで決めたのはね、すっごく偉かったよ、れなちゃん。えらいえらい。がんばり屋さんだね」
「だけど、君ひとりががんばりすぎなくてもいいんだ。三人のルールは、三人で決めていこうよ。だって私もワクワクしているんだ。なんせ、夢にまで見た日々がこれから始まろうとしているんだからね」
「うんうん。だめだよ、れなちゃん。私だってあれしようこれしようって、考えてるんだからね。私の楽しみ、あんまり奪っちゃ、メッだよ」
 紫陽花さんがかわいらしく微笑んで、真唯ははにかむように笑って。

みかみてれん; 竹嶋えく. わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?) 5 (ダッシュエックス文庫DIGITAL) (pp. 27-28). 集英社. Kindle Edition.

王塚真唯の「三人のルールは、三人で決めていこうよ」という台詞は、三人の恋人としての在り方を端的に表現しています。

世間に広く普及した「普通」の恋人であれば、交際の始め方や続け方はある程度常識として決められています。デートの誘い方、エスコートの作法、肉体的接触を求める/応じる際のサイン、デートから性行為までの順序、等々。性に関わる領域を言葉で詳らかにするようなことはせず、各種作法を守り、コミュニケーションコストを低減しつつ、交際とその維持の努力を続けることが「普通」の交際の在り方といえます。

三人の「『普通』じゃない」交際は、甘織れな子が言葉を尽くし、私たちは「普通」に縛られる必要はないのだと力説したことで始まりました。感情や常識に抗うことになったとしても、正しく成立した言語表現に従うという知的態度を共有できた三人だからこそ、三人で恋人になることができたのでした。三人の関係を形作ったのは不特定の他者によって形成された常識や作法ではなく自分たちの言葉です。「三人のルールは、三人で決めていこうよ」という台詞は、三人の交際の在り方を、常識ではなく、三人で言葉を交わして形作ることを提案しています。これは第4巻の甘織れな子の決断を三人が内面化し継続していくことを意味します。

「プロローグ」で語られる対立と問い

「プロローグ」のふたつのシーンから、自分たちが考えていることを全て言葉にすることを目指し、「言葉をウソにしない」ために行動する甘織れな子たちと、言語にある種の不誠実な態度を見せる琴紗月、という対立関係が確認できました。この対立は先述した自身の行動が悪と判断される可能性を自覚するということと同様に、第2シーズンを貫くテーマになります。琴紗月の側に立つのは一人ではなく、第5巻最終章「第2シーズン プロローグ」で残りのメンバーが明らかになりますが、その全員が琴紗月と同様に言葉に対する不誠実な態度(言語化の拒否、嘘つき、誤った情報を意思決定の材料に使っている)を見せており、上述した対立関係を第5巻ラストシーンで改めて際立たせる構成になっています。

他者に内心の言語化を求めることは相手を傷つけ得る行いです。実際に、本作でも王塚真唯と甘織れな子は内心の言語化を求める表現をすることで琴紗月を傷つけています。加えて、自身の言動を徹底して批判(言語化し吟味)することは、自身の言動に悪の面があることを認めざるを得ないことに気付くことが多くあります。第5巻および第7巻の終盤は甘織れな子がそれが悪であることを自覚しつつ行動する様子が語られます。それが避けられないことだったとしても、自身の行動が悪であることを認めることは辛いものです。甘織れな子の思想的立場は自他を傷つけ得るものとして語られ続けます。それでもなお、この立場を堅持するのか、というのが第2シーズンの問いです。それを端的な形で語ったのが第5巻「プロローグ」になります。